はじめに
既にご存知の通り、昨今の動物病院業界では
- 患者数の減少
- 採用難
- 売上の不安定化
といった変化がここ数年で顕著に生じてきています。
これらは個々の動物病院の経営状況如何ではなくて、
業界の構造そのものの変化によって生じているように感じます。
こちらの記事では、
- 飼育頭数の推移
- 動物病院数の変化
- 獣医師数と採用の実態
- そして現場で起きている“数字では見えない問題
をもとに、
過去・現在・未来
という流れで整理し、
これからの動物病院の在り方を考えていきたいと思います。
① 過去:収益モデルはどのように成立したか
■ 飼育頭数の増加(1990年代〜2000年代前半)
- 犬:2008年前後 約1,300万頭(ピーク)
- 猫:2008年前後 約1,000万頭
犬猫 合計 約2,300万頭
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■ 動物病院数(2000年前後)
- 約7,000件
今から20年前ぐらいですが、この時代は
- 飼育頭数が多く
- 病院数が少なく
- 競争が緩やか
なので、患者が自然に来る構造でした。
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■ 収益モデル
この時代の収益モデルはシンプルで、
売上 = 頭数 × 来院頻度 × 単価
この中で最も大きな要素は
『頭数』
つまり、市場の拡大そのものが動物病院の収益を支えていたと言えます。
② 現在:構造はどのように変化したか
■ 飼育頭数の減少(2010年代以降)
- 犬:2008年 約1,300万頭
→ 2024年 約680万頭
- 猫:2008年 約1,000万頭
→ 2024年 約900万頭
犬猫 合計 約2,300万頭 → 約1,600万頭
約30%減少
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さらに
- 新規飼育の減少
- 若齢個体の減少
- 高齢化の進行
未来の患者が減っている構造となっています。
■ 動物病院数の増加
- 2000年:約7,000件
- 2024年:約12,000件
約1.7倍と増えています。
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■ 1病院あたりの患者数
- 2005年前後:約1,300頭/病院
- 現在:約600〜800頭/病院
実質半減となる状況です。
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■ 獣医師数の推移
- 2000年:約27,000人
- 2024年:約40,000人
約1.5倍に増加
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■ 採用の実態
数としては増えているにも関わらず、
- 都市部への集中
- 働き方の変化
- 企業病院との待遇差
- 離職率の高さ
個人病院の現場では獣医師が足りない状態が続いています。
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■ 現在の収益構造
頭数が減少する中で、
- 検査の増加
- 高度医療
- 慢性疾患管理
患者ひとりの単価アップで補う構造へ移行している状況です。
ただ、
- 飼い主の負担増加
- 差別化の難しさ
- 人件費の上昇
これに、政情や国際情勢が不安定なことが加わると、
今の単価アップの施策の持続性に課題がある状況と言えます。
③ 未来:これから起きる変化
■ 予防医療の価格競争
今後、
- フィラリア予防
- ノミダニ予防
- 健康診断
といった予防領域は
さらに価格競争が激化する可能性が高いです。
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その結果
- セット販売の一般化
- キャンペーンの常態化
このようなことが当たり前となり、限界利益の圧縮といった状況となって、
将来的には
「フィラリア予防+血液健康診断」がほぼ原価水準
になる可能性も考えられます。
なぜそう考えるかというと、
■ 企業の動き
- 流通系 大手スーパー
- 生体販売チェーン
- グループ病院
こうした企業病院グループが、
一次診療の “生活サービス化” をどんどん進めていますし、
ますますく広がっていくと考えられます。
■ 収益源のシフト
それによって、収益の取り方は変わってくると予想します。
■ 継続課金モデル
- 予防サブスクリプション
こういった会員制の課金モデルが既に動き出しています。
■ 周辺サービスからの取り込み
- フード
- サプリメント
- ペットホテル
- トリミング
- デイケア など
ペットとの暮らしを丸抱え、ワンストップで提供して、
医療外で収益を確保する構造へと変化していくでしょう。
■ 医療の高度化
その一方で
- 専門病院
- 高度医療機関
資本力のある企業が、医療設備や専門人材を抱え込み、
医療レベルはさらに上昇していくでしょう。
■ 二極化の進行
① 生活インフラ型(低価格+サービス)
② 高度医療型(高単価+専門性)
これによって、この①と②の間にある、
いわゆる個人の開業医の先生方の中間モデルの動物病院経営の難易度がどんどん上昇していくと考えられます。
■ 従来モデルの限界
ですので、これまでの
一次診療+患者単価アップの経営モデル
このやり方での持続が難しくなる可能性が高いです。
ここに人材の確保の難易度も追加されます。
④ 現場で起きているもう一つの問題
■ 数字では見えない構造
ここまでの変化はすべて数字で説明できますが、
ただ、実際の現場ではもう一つの重要な問題が存在しています。
動物病院は「感情」が集中する環境であること
■ 動物病院という場所の特性
動物病院は
- 命を扱う
- 不確実性が高い
- 正解が一つではない場面が多い
また飼い主は
- 不安
- 焦り
- 迷い
を抱えて来院します。
■ 院内の状態
それに対して、動物病院内では、
これまで10年以上、深く深く関わらせてもらってきましたが、
□ 院長
- 経営への責任
- 採用不安
- 判断のプレッシャー
- 経営の効率化 など
□ スタッフ
- 日々の診療負荷
- 人間関係
- 評価や将来への不安
いろんな感情が入り乱れていて、すでに余裕がある状態ではないです。
■ 感情が交差する構造
この状態で
- 不安を抱えた飼い主
- 余裕のない現場
が重なると
感情の交通渋滞が生じることになります。
■ 実際に起きること
- 小さな説明不足が不信感に
- ちょっとしたズレがクレームになる
- 不必要な衝突が増える
ただでさえ、難しい経営環境の中で、
このようなことが発生している状況を感じます。
■ 影響を受ける存在
患者満足度の低下などは容易に思い浮かぶかと思いますが、
その感情の中心にいるのが、動物たちです。
動物は
- 言葉で理解はできない
- しかし空気には敏感
そのため
- 飼い主の緊張
- 先生やスタッフの焦り
- 場の空気
そのまま受け取り、
結果として
- 落ち着かない
- 暴れる
- 診療が難しくなる など
環境要因が診療に直接影響するようになります。
⑤ 関係性は誰のためのものか
ホスピタリティや、飼い主との関係性というと
飼い主満足のためのもの
と捉えられがちです。
ただ、私が実際の現場で見てきたのは
最も影響を受けるのは院長とスタッフである
という事実です。
■ 関係性がない状態
- 飼い主の不安がそのまま現場に入る
- スタッフが直接受け止める
- 院長が最終的に対応する
この構造では
- 説明に多くのエネルギーが必要になる
- 納得を得るまでに時間がかかる
- 精神的な消耗が積み重なる
見えない負担が増え続ける
■ 関係性がある状態
- 病院への信頼が前提として存在する
- 情報の受け取り方が変わる
- コミュニケーションのズレが減る
その結果
- 説明がスムーズに通る
- 不必要な衝突が減る
- スタッフの心理的負担が軽減される
現場の消耗が大きく変わる状況を見てきました。
⑥ 実践から見えた可能性と限界
■ イベントを通じた関係性
□パピーパーティーとは何か
パピーパーティーとは、子犬期の飼い主を対象にしたイベントで、
- 子犬同士の社会化
- 基本的なしつけや接し方の共有
- 飼い主同士の交流
を目的とした場です。
一般的にはしつけ教室として捉えられますが、
実際にはそれ以上の価値が生まれています。
■ 起きていること
- 飼い主同士のつながりが生まれる
- 病院への心理的ハードルが下がる
- 「何かあったらここに相談しよう」という意識が自然に生まれる
その結果、診察時には
- 初対面でも会話が始まりやすい
- 飼い主の緊張が和らいでいる
- 相談が自然に出てくる
診療の入口が変わるようになります。
□ ありがとうの樹とは何か
「ありがとうの樹」は、待合室に設置された掲示スペースで
飼い主が
- 自分の動物への感謝
- 日常の中で感じた出来事
を言葉にし、写真とともに貼り出していく取り組みです。
一見シンプルですが、空間に大きな変化を生みます。
■ 起きていること
- 飼い主が感情を言語化する
- 他の飼い主の想いに触れる
- 待合室の雰囲気が変わる
■ 診察時の会話の変化
この取り組みで特に大きいのが会話の質の変化です。
例えば
- 「あの掲示、素敵ですね」
- 「うちも書いてみようかな」
こうした一言から診察が始まります。
この一言は
- 診療とは直接関係がない
- しかし心理的距離を一気に縮める
その結果
- 飼い主が話しやすくなる
- 本音が出やすくなる
- 状況共有がスムーズになる
診療の質に影響する会話が生まれるようになっています。
■ 共通する本質
- パピーパーティー:体験
- ありがとうの樹:感情
どちらも診療外で関係性をつくっています。
そしてその影響は
診療の中に戻ってきます。
■ 見えてきた可能性
- 診療外の接点が診療の質を変える
- 会話の質が変わることで医療が変わる
定量化しづらいが確実に存在する価値がある。
■ 同時に見えてきた限界
- 属人化
- 継続困難
- 負担増加
- 再現性の低さ
ただ、こうした関係構築の取り組みを院内でおこなおうとするのも
難しい状況でもあります。
⑦ これから必要なこと
■ 関係性は設計するもの
これからの動物病院経営に
飼い主との関係構築が不可欠になると私は考えています。
- 誰とつながるのか
- どこまで関わるのか
- 何をやらないのか
その上で、これらの境界線の設計が必要になってきます。
■ 診療との分離
また、診療と関係性は求められる性質が異なります。
- 診療:正確性・即時性・責任
- 関係性:継続性・余白・接点設計
役割を分けていく必要があります。
■ コミュニティマネージャーという役割
私は、飼い主との関係構築を扱うには専門的な機能が必要と考えます。
- 接点の設計
- 飼い主との過剰な関係の抑制
- 全体のバランス維持
診療とは別軸で持つべき役割が関係性の構築、コミュニティを管理する役割です。
■ 外部活用という選択
- イベント運営
- コミュニティ運営
- 病院の空間づくり
院内で抱え込まないで、
外部を活用して関係構築を図っていく必要があると私は感じます。
まとめ
動物病院の収益モデルは
•頭数の増加によって成立し
•単価によって支えられ
•ただ、その前提が崩れて構造的な限界に近づいています
そしてこれからは
•予防医療の価格競争
•企業による生活サービス化
•医療の高度化と二極化
といった変化の中で、
従来の延長線上では持続が難しい時代に入っていきます。
⸻
さらに現場では
感情が交差することによる見えない負荷
が日々積み重なっています。
⸻
この構造の中で、
•院長が抱え込み
•スタッフが疲弊し
•動物が影響を受ける
その状態が続けば、
医療の質そのものにも影響が出ていく可能性があります。
だからこそ今、必要なのは
病院と飼い主の関係を捉え直すことです。
そして、その関係性は
•サービス向上のためだけでも
•ファンづくりのためだけでもなく
動物病院経営の現場を守るための基盤となり得るものです。
⸻
関係性があることで
•飼い主とのコミュニケーションがスムーズになり
•不必要な摩擦が減り
•現場の消耗が軽減される
それは結果として
•院長を守り
•スタッフを守り
•動物を守ることにつながっていきます
そして何より
無理なく動物病院経営を続けることができる基盤になっていきます。
これからの動物病院にとって重要なのは
一時的な改善ではなく、
地道に、継続できる仕組みにすることと強く感じます。
